日々放置プレイ

読んだ本と見た舞台の感想

終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?(1)

人類は滅亡した世界の、その後の物語。
RPGのその後の話とか、そういったものと考えるとわかりやすいかも。

物語において、人類はすでに滅亡した生き物でしか無い。その人類の生き残り(と純粋にいっていいか困るけれども)の青年と、その人類が残した遺物を使える少女たちの心の交流の物語。
世界を救うには、遺物が使える少女が特攻をかけないといけない。その場合まあだいたい死ぬだろう。その状況で、生き残るために青年が遺物の正しい使い方を教え生き残る方法を与えるという感じなんですが、個人的にはとてもハッピーエンドの物語だと思いました。

結局クトリが生き残るにしても死ぬにしても、ヴィレムから『生きる希望』『誰かが自分に生きていてほしいと体を張ってまで見せてくれるという希望』『生きられるかもしれないという夢』を与えられたということで、それらが今まで与えられてこなかったクトリにとっては十分幸せで、ハッピーなんじゃないかなあ。
物語的にはまあありえないだろうけれどももしクトリが防ぎきれず彼女が死んであの空中世界が滅びたとしても、それはそれで彼女にとっては一瞬でも明るい世界を見られた物語だったんじゃないかなあと思いました。
結局は正義が勝つ! とばかりにちゃんとクトリは生きて帰って来たんですけどねw

個人的には、『勇者には勇者である理由と設定があるのだ』というあたりがとても好き。

 あいつには、戦える理由があった。戦う理由もあった。戦わなければならない理由もあった。だから、あいつ自身も含めて、誰も気づいていなかった。当たり前のことだと思い込んで、想像もしていなかった。
 あいつは。二十代目正規勇者は。
 あらゆる悪鬼を薙ぎ倒す力を生まれ持ち、両親や故郷を奪われた悲しみを秘め、遠い過去に生まれた神秘の業を体に受け継ぎ、星神にすら届く輝く聖刃を携えた、あいつは。
 一度たりとも、戦いたいなんて、願ったことはなかったのだ。
 そうしなければいけないような流れだったから、復讐の戦いに身を投じる。周りがそれを期待していたから、竜や神に挑む。あいつは、自身の能力と周囲の要求に操られるだけの、意志無き人形だったのだ。

このあたりの、逆に理由と設定さえあれば、それは勇者にならなければならないというあたりも。この過去勇者とクトリは同じで、戦わなければならない理由と設定が存在している。だから勇者にならなければならない……なのかなあ。
この勇者には設定が必要というあたりで、龍騎の北岡弁護士の「英雄ってのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ」を思い出しました。逆になろうとしてなれるものではなく、なろうと意識した瞬間に失格。なるべき者はすでになろうとしているいないにかかわらずなることが決定づけられている。っていうことなのかなあ。

多分人間の世界が崩壊しても残った場所に何かしらが生きていて、世界自体は続いていく。そんな世界の、やさしいものがたりだなと思いました。

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