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日々放置プレイ

読んだ本と見た舞台の感想

もっと歴史舞台がまたあるということで、自分の中で思ったあれこれ

舞台もっと知りたいシリーズが再始動したということで、なんとなく前作マルガリータについて思ったこと・疑問点的な部分をメモがてら。
なお、私が見たのはアメスタ中継なので、細かい部分(実際にカメラが向かっている部分ではない部分)を見た場合は違ったなどという部分がありましたら申し訳ありません、その際は教えていただければ幸いです。

何故ジュリアンだけが年を取ったのか

これは役者さんの演技の関係と言われればそれまでですが、ならば何故演技プランを話し合わなかったのか? ということに繋がります。
あの劇中で、ジュリアンだけが次第に腰を曲げ声はしわがれと年をとっていった。対してもう一人の主人公たるミゲル=清左衛門は、若々しい頃と演技は何一つ変わっていなかった。ミゲルだけではなく、他のたまやそれ以外の人々も全く年を取っていなかった。これはどういう理由なのか。

これで、年を取っていたのが清左衛門だけならば、彼が秀吉に魅入られたその時から変わっていない、時間を重ねることができなかったという見方もできます。しかし、あの物語で年を取っていたのはジュリアンだけだった。司祭になれた他の天正遣欧少年使節らも年を取っていなかったのに、ジュリアンだけ違っていたというのはおかしくはないか。
ならば、彼だけが年を取っていたというのは不自然だなと思いました。

何故秀吉は狂言回しとしてその後も現れ続けたか

原作の秀吉は、狂言回しというよりも天正遣欧少年使節の誰でもいいから棄教させることで切支丹撤廃をうまく進めようという知恵者で、まあぶっちゃけミゲルでなくとも良さそうなんですが、とりあえず狂言回しではないなと思いました。
舞台の秀吉は、死んでもなお清左衛門の前にあらわれて謎のギャグを行う狂言回しであり、舞台オリジナルキャラ(女が男になるのはよくあるけど突然女がぶっこまれるのはちょっと珍しいなと思った)のねねとともによくわからない発言をし、ついでにねねがその横で全く同じ言葉を繰り返すだけの馬鹿な流れをしているのは意味がわからなかったし、物語の流れを切っているように見えました。

秀吉は、あのときあの場所でだけの会合でしっかりと清左衛門の心に刻み込まれたというのが重要だと思うし、更にいうならば天使の輪っかをあたまに乗せるという壮絶な禁教令を行ったものにあるまじき恰好をして出てくるのが意味がわからないです。
もしかして、あの頭の輪っかは、彼が実は天使でありミゲルに神の試練を与えただとかそういった解釈をスべきものだったのでしょうか。死語の態度もあれなんでそうは見えないんですけど。

ぱあどれ、という言葉の重要性

最後のカテコ部分で「乾杯の時などに使っている言葉がある。ぱぁどれ、という言葉で~」ということを誰かが言っていて、マジでこの舞台ねーなと思ったのですが、そのぱあどれという言葉の使い方が気になりました。

「司祭」という意味であるその言葉は、原作では清左衛門がマルチノを見送る際、ともに国外へ行く信者らにぱぁどれ、ぱぁどれと清左衛門に対しても声をかけられるという重要なシーンで連呼される言葉です。
足のこと、勉強についていくだけの学力がないことなどもあり司祭となることを諦めた清左衛門にとって、一般の信者からぱぁどれ=司祭として扱われるということがどれだけ彼の心にとって重要なことであるのか、そして日本に司祭が残るという意味でどれだけ日本の信者たちが救われるということとなるのかという重いシーンです。
そのシーン自体がカットなのは、まあ気になるけれども尺の都合だとか無理矢理言えないこともないです。ぶっちゃけあんだけアンサンブルというか名前なくともよさ気なモブなんだけど役者陣で人を釣れそうだから名前与えた的な気がしなくもない数人というかまあ、いろいろ言いたいことはあるんですけど、釣るの全力だなと思うようなアンサンブル人数あれだけいるんだからあのシーンもできただろうなとは思うんですが、まあいいです。
それだけ重要なシーンで使われる言葉、重要な言葉を乾杯の言葉に使うのってどうなのよ。というか、一応意味がある言葉をそういう扱いするのはどうなのよ……と思いました。

 

多分なんとなく今出てくるのはこんなかんじなんですが、原作からの色々と変えっぷりだとか変更点だとかなんでそうしたの? みたいな部分がすごく気になる舞台でした。
なによりも天使ってなんだよ、なんだその~~の中の謎の副題は! とも。
また新しいのが行われるみたいですが、~~の謎の副題継続みたいで、あー……となっています。
脚本家さんが前回とは違うみたいなので、キャストが好みだったら見たいと思います。マルガリータは原作が好きだから見て絶望したやつだけど、そもそも座間Pの時点で合わないのなんとなく察してキャスト発表時点であーーーー……ってなったあたりでもうちょっと察するべきだった。

天正遣欧少年使節自体は、私も戦国鍋で存在をまともに知ったようなものなので、ごきげんようって言ってたりジュース一気飲みしてたり棚からバテレンだったり酒呑んだくれてボロ雑巾みたいだったり(遠い勝鬨は読むのきっついですけどマルガリータと同じ作者さんの天草四郎モノでおすすめです)良いんですけど、原作があるならある程度その原作に添ってほしいなあともちょっと思いました。
多分、制作の見せたい場所と私の見たい場所が違う、解釈違い、そういったものがいろいろ合わさった結果で合わないやつなんだろうなあと思います。
原作を知らないでキャスト目当てに見られた方だと面白かったのかもしれない、単純に私があの小説が好きでその上で見たから合わなかったんだ、と、ただそれだけの話なんですが。

マルガリータ (文春文庫)

マルガリータ (文春文庫)

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